モノクマは反面教師

 

 

 

 「ダンガンロンパは劇中劇世界」という内容から

ダンガンロンパの大神さくらが書いた遺書の後半部分の内容は解明可能なのだ

結論から言うと「劇中劇世界を示す証拠」についての記載なのだ

ポイントは「大神さくらは内通者」だと言う事である

メンバーの見張りや、未開放区画の見回りなどを大神さくらは行っているし

各個人の部屋に出入りできるマスターキーも所持している

監視を怠る内通者などいないし、監視を要求しない上役などいないからである

そして朝比奈がアルターエゴを発見した時、ロッカーの扉が開いていてことから

大神さくらが先にこれを発見したこともわかるのだ

不二咲が風呂場にアルターエゴを隠す姿を大神さくらに見せた上で

風呂場を調べろと命令されたのである

つまりアルターエゴ発見の第一人者は朝比奈ではなく大神だから

アルターエゴのことをモノクマは知っていたのである

「我には推理ができぬゆえ、これが何を意味するのかわからぬ」と記載した上で

これらを述べていたのだ

 

・苗木が目を覚ます以前、苗木達の部屋の見回りを行っていたのだが

そのときは確かに苗木のシャワールームのドアは壊れていなかった

 

・舞園と桑田が事件を起こした夜、見回りを行っていたが

そのときは確かにネームプレートはそのままだった

 

・山田が不二咲の手帳を発見する以前、つまりは不二咲と大和田が事件を起こした夜

大神さくらも大浴場やサウナ室を調べたのである

そのときは確かに不二咲の手帳はサウナ室にはなかった

 

・黒幕の指示でアルターエゴが入っていたロッカーの扉を開けた

しかし不二咲千尋殺人調査の時点では確かにアルターエゴはなかった

 

・セレスがアルターエゴを隠した時、ロッカーをくまなく調べたが

その時は確かにセレスが隠した場所にもアルターエゴはなかった

 

・苗木が発見した山田のカメラと写真の場所も事前に調べたが

その時は確かに山田のカメラも写真もなかった

 

・未開放時は大神さくらが自殺に使った毒薬も確かになかった

 

つまりこれらを大神は見ていなかったという内容なのだ

つまり5章で発見した大和田のつるはしもなかった事を意味する代物である

これは大神さくらに事件解決をやらせたくない事を意味する代物なのだ

これを読み上げることにより

「整合性が取れなくなったあまり自爆する」を苗木達が行うのをモノクマは懸念したから

これを読み上げなかったことが判明する図式なのだ

本気で絶望させたいのならこれを読み上げ、苗木達が自爆する姿を視聴者に見せ付けるだけでいい

だがこれをしなかった

これは悪役を演じる事で希望を持ち続けることの尊さを演出するのがモノクマの目的であり

「希望は絶望に打ち勝てる」がダンガンロンパのコンセプトだという事を示す箇所なのだ

危険なお芝居の正体

 

 

 

ndde.hatenablog.com

 エクセルが機械の体になったとき

ハイアットの生命維持装置にアクセスすることで

エクセルの生命維持も妨害する事で

エクセルを元の体に戻そうとエルガーラが画策する

そしてそれを実行するためにハイアットと共に「危険なお芝居」を行おうとするも

これが何なのか明かされないまま連載は終了した

しかし状況証拠と本編の展開内容からそれが何なのか特定可能なのだ

「ハイアットとエルガーラの入れ替わり」である

ハイアットがエルガーラを演じ、エルガーラがハイアットを演じるという内容である

そうする事でエルガーラはハイアットの生命維持装置にアクセスし

エクセルが生命維持装置を利用するのを直接妨害していたのである

しかしこれは「ハイアットの虚弱体質の再現」及び「エルガーラのサトラレ体質の再現」が必要不可欠である

さらにいうと「ハイアットの虚弱体質」及び「エルガーラのサトラレ体質」はそのままのはずである

つまり「サトラレ体質と虚弱体質をハイブリットしたハイアット」なり

「虚弱体質とサトラレ体質をハイブリットしたエルガーラ」なりになる筈である

ところがならなかった

これが何を意味するのかというと「ハイアットの虚弱体質」も

エルガーラのサトラレ体質」も「仮病」だと言う事を意味しており

「仮病」を演じることでエクセルとイルパラッツオを困らせていただけの話なのだ

つまりハイアットの体を調べ「劣化が激しい」とイルパラッツオがコメントする姿は

ハイアットの「演技」をイルパラッツオ及び生命維持装置が真に受けていただけの話なのだ

エルガーラのサトラレ体質が「演技」の証拠はちゃんとあるのである

 

エルガーラが初登場したとき無口キャラを通す事が出来た事

もしエルガーラのサトラレ体質が本物なら無口キャラを演じるのに無理が生じ

サトラレ体質が発動していたはずである

 

・公務員を演じる事が出来た事

エルガーラと百地が会合する場面があるのだが

もしエルガーラのエルガーラ体質が本物ならボロを出していたはずである

だが出さなかった

それに潜入を遣り通せたという事はこの体質が発動しなかったということになる

 

つまりこのサトラレ体質が「偽者」でない限りこれらを行うことができない

そしてこれが本当は何なのかの手がかりは単行本デスレスの帯表紙なのである

ここでピオラとフィオのシルエットがエルガーラに憑依するという描写があるのだが

これはこのサトラレ体質が本当はなんだったのかを暗に打ち明ける場面なのだ

つまりピオラとフィオがエルガーラに憑依し、エルガーラの声で喋っていただけなのだ

そしてハイアットにもこれができるからエルガーラを演じる事ができたという話なのだ

言い換えればピオラとフィオとハイアットとエルガーラには繋がりがあり

さらにいうとハイアットとエルガーラはアクロス入隊以前からの知り合いだということが判明するのだ

つまり入国管理局につかまったときエルガーラも黙秘を遣り通すことができる筈なのだ

だができなかったといった

これはエルガーラが嘘をついていることを意味する場面であり

エルガーラと入国管理局には何らかのつながりがあり

それを隠し通すためにサトラレ体質を発動させたと嘘をついたのである

つまりハイアットの虚弱体質とエルガーラのサトラレ体質が

「仮病」だと言う事を読者に知られる可能性があるから

この入れ替わりのことを「危険なお芝居」と言ったのである

つまりエクセルサーガが「劇中劇」だと言う事を意味する台詞であり

この「仮病」のことを読者に知られたくなかったから「危険なお芝居」と言ったのである

つまり「サボり」と「嫌がらせ」の一種だと言う事を知られる危険性を孕んでいるから

「危険なお芝居」なのである

 

全部悪夢

 「ダンガンロンパ世界は劇中劇世界」だと言う事がこの作品で明かされているが

これが事実だとすると、作中の不可解な点も説明がつくのである

「劇中劇世界だから起きていいこと」と考えるだけでいい

そしてここからこういうこともわかるのである

「ある種の不可解な点」とは「劇中劇世界特有の描写」だと言う事がわかるのだ

例えば「なぜか情報が漏れている」なり

「なぜか所持していないはずのアイテムを所持している」なり

「入手経路不明の武器を所持している」なり

「大人の事情ガン無視のご都合主義」なりである

いわゆる「突っ込みどころ」の事である

そしてこういう事が「全作品共通」の描写だと言う事から

「劇中劇世界」の表現こそ「物語の定義」だと言う事がわかるのだ

これが何を意味するのかというと

「常識の範疇を逸脱した世界」が「物語世界の定義」だという事にこそ手がかりがあるのだ

「劇中劇世界じゃない世界」だと「プロモーション」を表現する事になる

つまり「常識の範疇が逸脱された事例の紹介」にしかならない

言い換えれば「常識の範疇が逸脱された事態が起きることを本気で望んでいる」という事になる

つまり「神秘現象」なり「心霊現業」なり「オカルト現象」なりといった出来事が

起きる事を本気で望んでいる事になる

だが「劇中劇世界」だと、これらの現象が起きる事を本気で望んでいない事を表現する事になる

つまらない話ではあるが

「常識の範疇が逸脱された事例」が起きる事を望んでいないのが作家の本音であり

これらが起きる事を望んでいる人に作家は向いていない事が判明する共通点なのだ

では「彼ら」はなぜこういうのを描写するのか

「まあこれ冗談ですから」の元「劇中劇世界」だという事をちゃんと明かせば済む話である

「見栄」である

「常識の範疇が逸脱された世界でも自分は適応できるぞ」なり

「常識の範疇が逸脱された世界で自分は活躍できるぞ」なりといった事を表現するためである

しかしこれらが起きる事を「彼ら」は望んでいない

それどころが起きてほしくないから「劇中劇世界」にするのである

つまり「起きてほしくない出来事」という名の夢を表現するのが物語であり

「悪夢」の表現こそ作家のしている事だと言う事が判明するのである

つまり「物語世界全部悪夢の世界」だという事がわかるのである

 

ピオラ達の正体

 ピオラ達は構築された存在ではあるが

製造できない存在だと言う事がエクセルサーガで触れられている

そして「間違えもしないし失敗もしない存在」でもある事が判明する

 その一方でピオラ達の仕事は自作自演の一種にしか過ぎなかった事が

Holy Brownieで触れられている

そして「生まれることだけ」が唯一無二のルールだということも触れられている

「構築=製造」にならない方法があって

それこそがピオラ達の正体の手がかりだということが判明するのだ

「構築≠製造」にして生まれた存在

そして「自作自演し続ける存在」にして「間違えも失敗もしない存在」

これは「環境や境遇や肉体が変わった時の神様のありよう」を意味する図式であり

つまりピオラ達の正体は神様の分身にして神様自身なのだ

つまり「もしも自分が違う境遇や体だったら」という発想を具現化させた存在が

ピオラ達の正体であり

本体である「神様」のイメージの範疇を逸脱した行動を行う事ができないのが

「間違えも失敗もしない」の由来だと言う事が判明するのだ

これは「キャラの正体」のメタファーの一種であり

言い換えればメタネタの一種だと言う事を意味する図式なのだ

 こう言う事である

作者自身とは違う生活環境や肉体や年齢の事を「設定」と扱い

「設定」に従うと自分はこうなりますを表現した存在が「キャラ」

そして「設定」に逆らうということは自分を裏切ることになるから

「キャラは設定に逆らうことができない」が存在する

この「設定に逆らうことができない」こそ

「失敗も間違いもしない」の由来だと言う話であり

そして「キャラ=作者自身」及び「キャラは設定に逆らうことができない」という図式こそ

「構築される存在にして製造できない存在」だと言う事を意味するのだ

なぜなら「キャラを製造する」とは「作者を製造する」を意味する図式であり

「素の作者」を「再現」する試みまで行わなければならない試みだからである

つまり「実際の作者の肉体及び生まれ育った生活環境」まで「再現」しなければならず

 ゴルゴ13の「百人の毛沢東」でゴルゴが指摘しているように「不可能」な試みなのだ

つまり「同一人物同士の付き合い」こそ「キャラ同士の付き合い」の正体であり

ピオラ達の仕事が「自作自演」で成り立っていたのもそのためだという事がわかるのだ

そしてここからこういうこともわかるのだ

極論ではあるが「なりたくない姿」を作中で死亡させ

「なりたい姿」を完結編まで生き残らせる

そうすることで作者自身の「取捨択一」を表現しているのである

いいかえば「人目を常に気にしている」のがキャラだと言う事も判明するのだ

何故ならキャラのしていることは全部「演技」であり

「観客」が存在するから「演技」が成立するのであり

受け手の存在を常に気にしているのがキャラだということがわかるのだ

アニメなら「視聴者」、漫画・小説なら「読者」

ゲームなら「プレイヤー」の存在を常に気にしているのがキャラであり

キャラにとっての「裏設定」とは「プライベード」を意味する設定であり

「表設定」とは「キャラは演技し続ける存在」を意図したものなのだ

つまり「ある種の人間」だけがキャラの作成に着手できることを意味しており

残念ながら自分は作家と何のコネもないのでこの部分の定義をあげることはできない

さらにいうと「設定に従うと自分はこうなります」の「やり方」もわからない

「もし自分の生まれが○○だったら」なり

「もし自分の体が○○だったら」なり

「もし自分の年齢が○○だったら」なりの「やり方」である

これらを必要不可欠とする人が作家であり

更にいうならばこれらを必要不可欠とする人が役者でもある

その「動機」も不明である

つまり作家と役者に対するコネがないから

これらについての詳しい話がしたくてもできない

ただひとつ確かなのは

これは「独り相撲」の一種にしか過ぎず

「キャラ全員同一人物」だという事である

つまり「独り相撲を行う事でしか存在を保てない存在」こそピオラ達の正体なのである

ゴルゴ13 143 百人の毛沢東 (SPコミックス)

ゴルゴ13 143 百人の毛沢東 (SPコミックス)

 

 

 

 

天才と秀才と凡人は同じ

f:id:yuiga-k:20180222184939p:plain

「馬鹿には催眠術が聞かない」という言葉がある

この軸を見ればわかるように天才と秀才と凡人には「共通項」が存在しており

この「共通項」を刺激する術こそ催眠術だと言う事がわかるのだ

いいかえればバカとはこの「共通項」が欠けた奴の事だと言う事がわかるのだ

つまりこの「共通項」があるかどうかの違いこそ

「バカ」と「バカじゃない奴」の違いだということがわかるのだ

しかし下記の関係性により3者はこれに気づかない

この「共通項」についての解明材料は手元にないので明記できないが

これは「天才と秀才と凡人の根幹部分は実は同じ」の「証拠」を意味する箇所であり

これこそが「人間らしさ」の「起源」にして「原点」だと言うことがわかるのだ

つまり3者が「見栄」を張っているから

天才と秀才と凡人は同という簡潔明瞭な事実に気づかない

言い換えればこれが欠けた奴であるバカの事を排斥する原因だと言う事がわかるのだ

 

f:id:yuiga-k:20180222184659p:plain

天明寺とアリスと四葉とクオークの正体

天明寺の正体は淳平といわれているが

これ実はうそなのである

何故ならオルタナティブエンドの「主人公」に対する茜の態度と

モノローグ部分は淳平そのものであり

オルタナティブエンドの「主人公」こそ淳平と言う事になるからである

これが何を意味するのかというと

999で参加した淳平と言う事にしておくために開発されたゴーレムこそ天明寺の正体であり

四葉に対し自分の正体はゴーレムだと言う事を明かした事で

協力に投票するよう四葉を誘導したのである

やり方はこうである

「自分の正体はABルームで死者が出ないようにする為に設計されたゴーレム」

「人間の参加者が裏切りに投票してもいいよう協力にしか投票できないように設計されている」

「たとえその結果自分のポイントが失ったとしても、人間を救うことができるのだから本望」

「誰相手だろうと協力に投票するし、裏切りに投票されたとしても恨み辛みはしない」

こういう内容の発言を四葉にすることで協力に誘導したのである

そして天明寺がゴーレムだということから「アリスの正体を知っている」の意味も解明可能なのだ

これは999で淳平達をヒッチハイクした女性と言う事にしておくために開発されたゴーレムこそアリスの正体を意味する図式であり

天明寺自身もゴーレムだからアリスもゴーレムだということを知っていただけの話なのである

となると四葉とは何者なのか?

999で登場した四葉と同一人物と書かれている以上ゴーレムのはずがない

これは「シボウデス→999」というのが正しい時系列で

「999の前日談」がシボウデスを意味する図式であり

999の世界にタイムリープすることでタイムパラドックスにならずに四葉達は過去に戻れるという話なのだ

これは「四葉の正体はホムンクルス」だということを意味しており

四葉とアリスが所属する組織は架空の団体を意味する図式なのだ

つまりこれらの団体を実在化させるために四葉とアリスを過去に飛ばすという話が

オルタナティブエンドの真相なのだ

これは実際のノナリーゲームの展開は999とは別物の展開を意味する図式であり

これを999の展開へと変えるために天明寺とアリスと四葉は開発された事を意味する図式なのである

となればわかるようにクオークにも正体は存在しており

ディオと同じ髪の色をしていた事から

「ディオのクローン」がクオークの正体だということが判明するのだ

ディオと違う育ち方をする可能性をクオークに求めたから

天明寺はクオークを育てたという話なのだ

これが天明寺とアリスと四葉クオークの正体なのである

 

 

祟りは迷信

 始皇帝は暴君ではない

織田信長は野心家ではない

最近の研究でこれらが明るみとなっているのだが

もし祟りが実在するなら

「不正解」を唱える歴史学者全員祟られる事になる

自分に対し何の理解も示さない学者たちがそろいもそろって

始皇帝は暴君」なり「織田信長は野心家」なりを唱えているからである

それに歴史を題材としたパロディ製作者も祟られる事になる

これらを行う人達が祟られていない事こそ祟りは迷信の証拠

怪談奇聞 祟リ喰イ (竹書房文庫)

怪談奇聞 祟リ喰イ (竹書房文庫)